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★読者(Y.B./奈良)→
『天眼』の読者です。たいへん面白く読ませていただきましたが、『ツクヨミ』から入った 者としては、少し勝手がちがって戸惑ったところもあります。明智光秀について「論考」や「研究書」ではなく、「歴史小説」の形をとったのは何故ですか?また、新たに論考ご執筆のご予定はありますか?
★戸矢→
「論考」の構想はあります。ただし、「光秀」に限定したものではなく、光秀も含む「渡来の血脈」についてのものです。『天眼』の中でも史観のベースとしてそれについて書きましたが、日本の歴史や文化とはもっともっと深い関わりが連綿としてあります。一般にいままで認識されてきたこととはまるで次元の違う内容です。光秀はその血脈を継承した人物の一人にすぎません。
とくに、漢(あや)氏および海部(あまべ)に代表される周・秦・漢系の渡来人は、全国各地の国造となって土着し 、また国造ゆえに各国の一の宮の祭祀者(宮司・神主・祝)となっています。神社、とくにトップクラスの大社・古社は、渡来系の国造が代々世襲。出雲大社も熱田神宮も、住吉大社や吉備津神社も、渡来系の国造が代々宮司家です。
なお、新羅などの朝鮮半島系の渡来人は、日本の歴史や文化の根幹にはほとんど関わっていません。ごく表層的な一部の痕跡が残るのみです。このあたりは大きな誤解があるところですね(百済は大陸系)。
私は、古代から連綿と続くこの縦糸をくっきりと歴史の表舞台に浮かび上がらせて、日本の歴史を書き直したいと考えています。
ただ、テーマがテーマだけに、その方法論には何よりも「わかりやすさ」「受け入れやすさ」が求められると考えています。つまり、「論考」とは別に「歴史小説」というスタイルが有効なのではないかと結論した次第です。「論考」をも織り込みながら、入って行きやすい物語にしようということなのです。
──いかがでしょうか? この構想について、ぜひさらなるご意見、ご教示などいただければ感謝です。
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