戸事記


[対話篇]

*質問・疑問・意見・感想などなど、戸矢学宛にいただいたメール、およびそれに対するコメント、またやりとりなどを、順次掲載しています。

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日比谷花壇
対話20091105篇 「神社伝承学の課題について」

★読者(H.O./静岡)

『ツクヨミ』と『氏神事典』を拝読。後者では各神社の由緒などのいわゆる「伝承」を各所に採り上げていますが、方法論的に前者と異なるように思われます。前者の論考では綿密な調査取材や文献批判に裏付けられた分析によって説得力のある展開でしたが、もしこれが「伝承」を元にした、いわゆる「神社伝承学」の手法によって論じられたならこのような実証性は獲得できなかったのでは?と思います。もしかして、神社伝承学へ転向ですか?

★戸矢

いいえ、転向するつもりはありません。

年末発行予定の「飛鳥」をテーマとした新刊も、文献批判(批判という用語が慣例となっているために否定の意味にとられることがありますが、むろんそれだけではありません)、および調査と分析を基本に論理展開しています。
時には推論や推理も必要であることは否定しませんが、大前提が正しい場合に限ります。演繹法において、前提が誤っていれば、結論も当然誤りです。そしてこの理屈は歴史学においてもまったく変わりません。「神社伝承学」なる手法は、歴史学ではなく、文学文芸の世界のものと言うべきでしょう。神社の由緒書きなどに収載されている「伝承」は、神社によって質的に大きな差があります。また、その裏付けや事実関係など、検証が不十分なものも少なくありません。概して、著名な大社においては学術的な検証がおこなわれており、小社においては恣意的な創作も一部には見受けられるものの、放置されているというのが現状です。

『氏神事典』では各社の伝承もいくつか紹介していますが、一応私なりに吟味して採り上げているつもりです。「古い」というだけでは不十分であると同時に、「新しい」というだけであながち否定もできないことから、「氏族の伝承」として参照に値すると私が考えたものに限って紹介したものです。各項の文字数はわずかなものなので、突っ込んだ論考は無理なため、このような形にとどめています。どうぞ今後にご期待ください。

対話20080617篇 「通史あるいは歴史小説の構想について」


★読者(Y.B./奈良)→


『天眼』の読者です。たいへん面白く読ませていただきましたが、『ツクヨミ』から入った 者としては、少し勝手がちがって戸惑ったところもあります。明智光秀について「論考」や「研究書」ではなく、「歴史小説」の形をとったのは何故ですか?また、新たに論考ご執筆のご予定はありますか?

★戸矢→


「論考」の構想はあります。ただし、「光秀」に限定したものではなく、光秀も含む「渡来の血脈」についてのものです。『天眼』の中でも史観のベースとしてそれについて書きましたが、日本の歴史や文化とはもっともっと深い関わりが連綿としてあります。一般にいままで認識されてきたこととはまるで次元の違う内容です。光秀はその血脈を継承した人物の一人にすぎません。
とくに、漢(あや)氏および海部(あまべ)に代表される周・秦・漢系の渡来人は、全国各地の国造となって土着し 、また国造ゆえに各国の一の宮の祭祀者(宮司・神主・祝)となっています。神社、とくにトップクラスの大社・古社は、渡来系の国造が代々世襲。出雲大社も熱田神宮も、住吉大社や吉備津神社も、渡来系の国造が代々宮司家です。
なお、新羅などの朝鮮半島系の渡来人は、日本の歴史や文化の根幹にはほとんど関わっていません。ごく表層的な一部の痕跡が残るのみです。このあたりは大きな誤解があるところですね(百済は大陸系)。

私は、古代から連綿と続くこの縦糸をくっきりと歴史の表舞台に浮かび上がらせて、日本の歴史を書き直したいと考えています。
ただ、テーマがテーマだけに、その方法論には何よりも「わかりやすさ」「受け入れやすさ」が求められると考えています。つまり、「論考」とは別に「歴史小説」というスタイルが有効なのではないかと結論した次第です。「論考」をも織り込みながら、入って行きやすい物語にしようということなのです。

──いかがでしょうか? この構想について、ぜひさらなるご意見、ご教示などいただければ感謝です。